仙元山 今日は曇りがち

仙元山 今日は曇りがち

天気は下り坂のようです.

富士講の活動は、定期的に行われる「オガミ(拝み)」とよばれる行事と富士登山(富士詣)から成っている。オガミにおいて、彼らは勤行教典「オツタエ(お伝え)」を読み、「オガミダンス(拝み箪笥)」とよばれる組み立て式の祭壇を用いて「オタキアゲ(お焚き上げ)」をする。(ウィキペディアより)

この石碑があるのは山頂近くの浅間神社の跡地にある。「富士講」「浅間講」とも言われた。富士登山33回記念とある。慶応4年は幕末・戊辰戦争に突入する前夜と思われる。

この場所から富士山は見えないが浅間山は見えるところです。盛大な祭りが毎年行われたようです。富士山までどのようなルートだったのでしょうか。秩父を通り山梨側から登ったのでしょうか。東海道は使わず、川越街道を使ったと思われます。絹の生産も始まったと思われますので、繭の仕入れ等にも関わったのではないでしょうか。

 

慶応4年の富士山講
慶応4年の富士山講